ネイティブ・アメリカン・インディアン
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ネイティブ・アメリカン・インディアンの文化

アメリカ合衆国を訪れる海外からの旅行者の多数が、ネイティブ・アメリカンについて興味を持っています。海外からの旅行者の人々から、どうしたらインディアン居留地に訪れることができ、どうしたらネイティブ・アメリカンの人々に会うことができ、また、どうしたらネイティブ・アメリカンの文化を学ぶことができるのかとよく質問をいただきます。しかし残念ながら、アメリカを訪れる海外からの旅行者の人々のほとんどは、ネイティブ・アメリカンについて共通の誤解を持っています。当ページでは、ネイティブ・アメリカンについて少しでも明確に理解する事が出来るようにお手伝いできたらと思います。

ヨーロッパからの入植者たちがアメリカ大陸に到着した際、1200万人近くのネイティブ・アメリカンたちが現在のアメリカ合衆国内に住んでいました。これらネイティブ・アメリカンたちは1000以上の異なる部族、または血族グループに分かれていました。これら先住ネイティブ・アメリカンたちの多くが、ヨーロッパからの入植者たちが持ち込んだヨーロッパの病気にかかり亡くなりました。また、ヨーロッパからの入植者たちが、農業、牧場、また鉱物開発のためにネイティブ・アメリカンたちの土地を絶え間なく侵略して行くにしたがい、生き残った先住ネイティブ・アメリカンたちはある場所から別の場所へと着々と押し除かれて行きました。結局、米国政府は、各ネイティブ・アメリカン部族にインディアン居留地として知られる小さな土地を割当てました。割当てられたほとんどのインディアン居留地は、耕作に適さず、価値ある資源に欠けていました。そして、今日では、各州に1つ以上のインディアン居留地が存在しています。

インディアン居留地を訪れる

どのインディアン居留地にも訪れることができますが、あまり見学するものがないかも知れません。ネイティブ・アメリカンの人々のほとんどは、アメリカの他のどの家ともあまり変わらない家々に住んでいます。より裕福なインディアン居留地では、ネイティブ・アメリカンの人たちはきれいな近代的な家々、または大きな牧場に住んでいます。これと比べ貧しいインディアン居留地では、人々は小さな古い家、またはトレイラーに住んでいます。ほんの一部のネイティブ・アメリカンたちだけが、先祖代々からの伝統的住居に住んでいるだけです。ニューメキシコとアリゾナに住むネイティブ・アメリカンのプエブロ族の人たちは、先祖から伝わる古代のアドービで作られた集合住宅で生活する、その珍しい例外です。

Corn Dance © Jack Ratsons - Santa Fe CVB
サンタフェ(ニューメキシコ州)のネイティブ・アメリカン・インディアンが、雨をもたらす儀式のダンスである「コーンダンス」を演じています。

ネイティブ・アメリカンの家族たちのほとんどは、私たちと同じくプライバシーを好みます。彼らはインディアン居留地に多数の観光客が来て、人々からじろじろ見られることをあまり快く思わないかも知れませんし、まして写真撮影される事もあまり快く思わないかも知れません。インディアン居留地の中には、居留地への全ての訪問者は居留地事務所で訪問登録するようになっている、または居留地内での写真撮影は全く許可していないと看板に明記している所もあります。また、特別なビジターズセンター、博物館、お店、またはカジノを居留地内に建設し、インディアン居留地に観光客を迎え入れる部族も中にはあります。

インディアン居留地は独立国家

実際、インディアン居留地はアメリカ合衆国内にある独立国家です。ネイティブ・アメリカンの人々は、インディアン居留地内独自の警察や司法制度などを保持し自分たちで統治しています。インディアン居留地を訪れる際は、その部族の法律下にいます。アメリカ合衆国内で賭博が禁止されている一方で、インディアン部族の中には彼らの独立した政治的地位を利用し、インディアン居留地内での賭博を許可している所もあります。さらに、今日、インディアン居留地内のカジノは、賭博が禁止されている居留地周辺の州から多数の観光客を魅了しています。また、インディアン居留地内は州税が免除されるので、あるインディアン居留地内では、たばこ、アルコール類、またはガソリンを低価格で販売していたりもします。

インディアン居留地は、部族居留地から遠隔地に住む人々も含め、それぞれの部族の人々全てにとって霊的で文化的中心地です。インディアン居留地内に住む部族の一員によって、母国語、文化的伝統、宗教的儀式が概して保持されています。しかし、インディアンカジノを訪問する、または居留地内のお店で安価なたばこを購入することからでは、ネイティブ・アメリカンの文化を体験するチャンスはほとんどないでしょう。本物の宗教儀式や文化的行事のほとんどは一般公開されていません。

ネイティブ・アメリカン文化の体験

本物のネイティブ・アメリカン文化を体験する1つの方法は、インディアン文化センターまたはインディアン博物館の1つを訪れることです。ニューメキシコ州アルバカーキ(Albuquerque)のプエブロ族文化センターはその良い例です。このプエブロ族文化センターでは、インディアン博物館、クラフトフェア、食べ物売店、本屋、さらにネイティブ・アメリカン・ダンスやストーリーテリングなどの解説プログラムを提供しています。

Native American Chief © USATourist.com
サンタフェ(ニューメキシコ州)のパウワウでネイティブ・アメリカン・インディアンのダンサーが正式衣装で演じています。

ネイティブ・アメリカン文化を真に体験するもう1つの方法は、彼らの特別な祝祭日にネイティブ・アメリカンの村を訪れることです。私は、サンフェリ族の祝祭日にアルバカーキ北のサンフェリ・ペプエブロ族を訪れる素晴らしい機会がありました。男性、女性、子供たちを含む200人から300.人のネイティブ・アメリカンの人々全てが伝統的ダンス衣装を着て、中央プラザを囲み、ドラマーたちが響かせる音と歌のエキゾティックなメロディーに合わせゆっくりと足を踏み鳴らしていました。彼らはこのダンスを1時間以上続け、そしてその後簡単な休息時間を取り、他のダンサーたちのグループと入れ替わりました。これは観光客のためのパフォーマンスではありませんでした。この儀式は、カトリックのキリスト教と古代ネイティブ・アメリカン儀式が交じり合い、トウモロコシの収穫を祈る不思議な儀式でした。何千もの訪問者たちが衣装で着飾ったダンサーたちと一緒に踊ったり、ベンダーたちから食べ物を試食したり、またはクラフトやジュエリーを購入したりする間、このダンスは日の出から日没まで続けられました。

インディアン・パウワウ

本当のネイティブ・アメリカン文化を体験する一番簡単な方法は、パウワウに参列することです。インディアン・パウワウは、特に様々な部族のインディアンの人々を魅了する、ネイティブ・アメリカンの人々の社交的な集りです。パウワウでは、ダンスコンテスト、ドラム・コンテスト、みなが参加できるダンス、ストーリーテリング、さらにたくさんの社交的行事などが開催されます。パウワウは、一年を通じアメリカ国内様々な場所で開催される週末イベントです。また、これらパウワウは通常一般公開されています。

北アメリカ最大規模のパウワウとして有名なのは、「ギャザリング・オブ・ネイションン(Gathering of Nations)」です。このパウワウは、アルバカーキにあるニューメキシコ州立大学内スポーツアリーナで毎年4月に開催されます。このパウワウには 200人以上のネイティブ・アメリカンのダンサー、数百人のドラマー、何万ものネイティブ・アメリカンの人々、そして数千人のネイティブ・アメリカンではない観光客の人々たちを魅了します。さらに、ギャザリング・オブ・ネイションンでは大規模なネイティブ・アメリカン・クラフトフェアや多数の食べ物の売店があります。このギャザリング・オブ・ネイションンには入場料が少し掛かります。2005年に私はこの偉大なパウワウを見学しました。

イーグルの羽飾りの衣装を着た人の入場

通常パウワウでは、貫禄のあるイーグルの羽飾りで飾った衣装の人の入場で始まります。全ての見物者の人たちは、このイーグルの羽飾りを着けた人に敬意を払って帽子を脱ぎ、そして直立します。この入場後に、部族長、尊敬される村の年長者達、そしてダンサーたちの列が続きます。ギャザリング・オブ・ネイションンでのこの入場行列は、1000人以上の多彩で凝ったダンス衣装を着飾ったインディアンダンサー全員の入場が終了し、アリーナ全体が満たされるまでに30分以上掛かりました。

Shawl Dancer © USATourist.com
ネイティブ・アメリカン・インディアンの女性たちがレディース・ファンシー・ショールダンスに参加しています。女性たちは肩にショールを掛け、音楽に合わせて飛んだり、回転したりしてダンスをします。

それぞれのドラムの周りには8人から10人のミュージシャンたちが座り、アリーナの床に一定間隔で配置されていました。パウワウの儀式全体にわたって、ドラマーグループは交替で様々なダンスを上演しました。各ドラマーグループは、ベストグループ賞を受賞するために競い合いました。

多数の部族特性による変化を備えたインディアンダンスが多種類あります。ギャザリング・オブ・ネイションンや他の大きなパウワウのほとんどでは、参加者全員に良く知られている最も人気な全部族ダンスコンテストだけを行います。男性ダンサー、女性ダンサー、さらに子供ダンサーたちは年齢別に分けられ、各部門ごとに賞を競い合います。

インディアンダンスの種類

通常、女性ダンスコンテストでは、各参加者が7層の金属チャイムで飾られたドレスを着て踊る、ジングルダンスが含まれます。コンテスト参加者の人たちは、飾りつけられた金属チャイムを鳴らしながらリズムを取り、生き生きとしたダンスを披露します。スカーフダンスでは、コンテスト参加者の人たちが、凝ったビーズ細工を施したドレスとショールで着飾り、顔にお化粧をし、優雅に舞い上がる鳥のように踊ります。

男性ダンサーたちは、グラスダンスとファンシーダンスのようなとても元気で様式化した内容の伝統的な戦いのダンスで競い合います。彼らのダンス衣装はとても凝った飾りつけです。ファンシーダンスの衣装には、多彩なビーズが施された生地に羽または毛皮が飾りつけられ、そして突き出た2つの大きな羽飾りのバッスルをお尻に付けます。各ダンサーの衣装は、部族や個人的志向により全く個性的な物です。

ダンスコンテストの追加として、通常パウワウではだれでも参加できる模範ダンスまたは公共ダンスが1つ以上あります。キワオ族Gourd ダンスがギャザリング・オブ・ネイションンで行われました。このダンスは部族の戦士と尊敬される年長者に敬意を示す儀式です。

Gourd Dance © USATourist.com
ダンスの間、部族の年長者たちに取り囲まれたドラム演奏者は、戦士たちががゆっくり周囲に現れる際、スローリズムのビートで演奏を開始します。

キワイ族Gourd ダンス

Gourdダンスの儀式の初めに、ドラムがアリーナ中央に設置され、その周囲に尊敬される年長者たちが着席しました。ドラマーたちがゆっくりとしたビートを演奏し始めると、戦士たちが静かにアリーナ端の周りに登場しました。これらのほとんどの人たちは、古い軍服を着ていました。この中には第二次世界大戦中の軍服が見うけられました。また、朝鮮戦争時のジャケット、ベトナム戦争のメダル、砂漠の嵐作戦・湾岸戦争のパッチも見うけうけられました。さらに、彼らは部族の正装、羽飾りまたは動物の皮、そして個人の記念品を着用していました。彼らは皆、赤色や青色のスカーフを肩に飾り、ヒョウタンで出来たラトルを持っていました。キワオ族にとって赤色はスペイン人との戦いを表し、そして青色はアメリカ人騎兵隊との戦いを表します。Gourdダンスが続くにつれ、戦士の人たちはゆっくりドラムへとアリーナ内部に前進し、そして他の尊敬される部族の人たちがこの周囲に進み寄ります。遂には、その周囲にショールと毛布を肩に掛けた部族の女性や子供たちがダンスに参加しました。さらに、参列者たちもダンス参加に招かれました。このGourdダンスは1時間近く続き、大勢のダンサーたちでアリーナ全体が一杯になりました。

どのパウワウでも言える1つのことは、パウワウはネイティブ・アメリカンにとって真のコミュニティー機能の役割を果しています。部族の年長者たちは、勇士として常に高く尊敬されています。子供たちは大事にされています。ネイティブ・アメリカンのコミュニティーでは、家族、部族、友情が絶大に賛美されています。儀式は尊敬の念が払われますが、たくさんのユーモアとともに人々に浸透しています。平和と友情の精神でだれでもが歓迎されます。もしネイティブ・アメリカン文化を少し体験してみたいなら、パウワウはその良い機会です。「パウワウ(powwow)」とインターネット検索すると、パウワウの開催場所と日程が検索できます。パウワウリストへのリンクが多数ありますが、どれも完璧とは言えません。

原作筆者: Mike Leco
訳: Yoko Sugiyama
上部写真撮影: © USATourist.com
写真詳細: サンタフェ(ニューメキシコ州)ネイティブ・アメリカン・インディアンがパウワウで演じています。